コロナ禍の学生街をどう生き抜くか・第4回「古書現世」(全4回)
高田馬場駅から早稲田大学へ向かう通りには古くから多くの古書店が立ち並び、この早稲田一帯は神保町に次いで、日本で2番めに大きい古書店街として知られている。その一角で50年近く営業を続ける「古書現世」は、長きに渡り本を通じて学生と早稲田の街を見守ってきた。学生と街とが密接に関わってきたこの場所で、古書店はこれからの学生街のあり方、そして早稲田の古書店街の将来をどうみるのか。「古書現世」店主の向井透史さんにお話を伺った。
―はじめにこのお店、古書現世について聞かせてください。
この早稲田の地には、私の父の頃から古書店街として多くの店が軒を連ねていました。古書現世は、私の父が立ち上げた書店です。私はたまに店を手伝うっていうくらいだったのですが、高校を卒業してからは本格的に古書現世での仕事をはじめました。それから30年ほど古書に関わって生活していますが、10年くらい前に私に経営が移り、現在では店主として店を切り盛りしています。
私の店では文庫から学術書まで、ジャンルフリーに自分の並べたい本を並べています。古書店というと専門性が高いイメージがあるかもしれませんが、神保町などと比べると古書現世のような早稲田の古書店はあまり専門店化していません。雑多に仕入れて販売できる分、早稲田では神保町の古書店街と比べると、比較的手に取りやすい値段で本を取り扱っている傾向にありますね。
店舗での販売以外にも、古本市などのイベントに本を売りに行く機会が何度かあります。昔から穴八幡や大学構内で早稲田青空古本祭りという催しを年2回行なっていて、そちらの収入も大きいです。90年代ころのピーク時には、6日間で2000万円ほどを売り上げるビッグビジネスでした。ただし今年はコロナの影響で中止になってしまいましたね。
―緊急事態宣言が発令された4月以降、売上はどのように変化しましたか?
緊急事態宣言下では休業要請に基づき、5月いっぱいまで店を閉めていました。発令される直前に大学がロックアウトした影響で、すでに早稲田には人通りがすっかりなくなっていましたから、店を開いていても意味がないなというのは感じていましたね。
6月の2週目から実店舗での営業を再開しました。意識して来ていただいているのか分からないけれど、地域の人も早稲田外の人もお客さんとして来てくれましたね。人はもちろん普段より少ないけれど、売上としては大きなダメージを受けずに済みました。ただそれほど低迷しなかったのは、古書店という店の特性も大きいかと思います。
古書店には実店舗での営業の他に、買い入れとインターネット販売を用いた営業方法があります。買い入れは依頼のあったお客様の家に出張して、その場で買取をする方式です。うちの店では大量の買い入れが多く、一回で何万冊の本を仕入れることもあります。ただしこの買い入れは運の要素が強いため、売上の見立てがつきにくく不安定な点がデメリットです。現在では後者のインターネット販売が大きな要素で、店の収入の半分ほどを占めていますね。
―コロナ禍においては、インターネットでの販売が力になったということでしょうか。
もともと好調だったこともありますが、こういった状況になってからはインターネットでの売上が二倍ほどになりました。私の店はAmazonと「日本の古本屋」という古書組合のサイトで販売を行っているのですが、5・6月あたりは注文がとても多く来ていました。毎日ずっと梱包して送っていた印象があります。
ネットは実店舗とはやり方が全く異なるので、それを中心にするのは私の店では難しいですね。インターネットをメインで営業しているところはかなり収益面では安定するのですが、会社のような組織的な形で営業を行う必要があります。最近古書組合に新しく入ってくる店も、店舗なしのネット販売のみで頑張っているところも増えているようですね。
―古書店の形も、技術や時代の流れによって変化しているのですね。
特にインターネットへの関心は以前から業界全体で持っていました。早稲田の古書店街は店主の年齢層がかなり高いので、高齢化が進む中で少しずつこのままではやばいぞという意識があったんです。実際、早稲田には古書店が昔は40軒以上あったのですが、今は20軒を切るくらいになっており目に見えて古書店街の規模は縮小していました。
高齢化に加え、学生や教員の古書店離れも進みました。そのあたりの危機意識が他のところで稼ぐ手段を見つけなければという意識に繋がり、インターネット販売の促進につながったのだと思います。古書店は学生街の他のお店に比べて、以前から大学への依存度を少しずつ下げていっていたんですね。
このコロナ禍では、古書店はもともと持っていた危機意識に救われたのかなと思っています。インターネット販売だけでなく、かつてはブックオフが参入してきたり、最近ではメルカリなど個人売買による流通が新しい流れとして出てきたりと、古本を取り巻く環境は常に変わってきていました。それぞれの時代で変化の必要に迫られながらも、潰し合わずそれらを取り入れながら共存しています。どのような形であれ、古本を手にするという選択肢が一般の人達にも広まることが、結果的に古書を扱う業界全体のためにもなりますからね。狭い業界ですから、一つの店が勝ち抜いていくというよりも、業界全体で本を回していくというのが大切なんです。
―先ほど出た大学の話題に関連して、この記事のテーマである学生街の話に移りたいと思います。まず古書現世から見た学生街について聞かせてください。
学生や教員の方は普段も少なからず来店してくれてはいましたが、最近では大学に関わる人達は少しずつ本を買わなくなってきているから、学生の古書店街というふうにはなっていないかなと思います。大学がロックダウンして以降、本当に強く感じることは、早稲田という街は大学がないと何にもつながれないんだなということです。普段であったら休みとはいえ大学生は図書館などの大学の施設に来るため、早稲田周辺には人がいるものだったのですが、ここまでいなくなったのは初めてみました。大学がないとこの学生と街、その中にある古書店とのつながりは簡単になくなってしまうでしょうね。
だから、この街には大学しかないんだなあと思いますね。特異な街です。
―大学の古書店街というは、商売として難しい環境なのですね。
ただこの古書店街という枠組みもいつまで続いていくかはわかりません。昔ならばお客さんは一軒に立ち寄ったら他の周りの店舗にも立ち寄って買ってくれるということが多かったのですが、今はネットで事前に店を選んで来ることが多いため、ひとつの街としていろいろなお店を周回することが少ないんですね。それに伴って、経営側も売上が周りの店と連動している実感がわかないため、私達自身、古書店街という意識が薄れているように感じます。
―学生街、ここで言えば早稲田の古書店街は今後存続していけるでしょうか。
今残っているお店は、実店舗での営業に加え、ネット販売や買い入れなど色々な取り組みをやっていたりするので、続けていけるのではないでしょうか。私自身、この状況下で店での営業と店舗外の営業を行う中で、自分が思っていたのとは違うお店の形が見えてきました。インターネット販売での売上増だけでなく、6月の営業再開直後は地元の人達が多く来店してくれたりと、学生の街としてだけでなく地域の古書店として、周囲に支えられているんだなということを改めて感じましたね。実店舗でも実店舗でなくとも、どのようにしてか店を続けていける兆しは見えた気がします。
―古書店という業界としては、早稲田の学生街の中では辛くも生き残れるんじゃないかというところですか。
私自身この土地で長く商売をしているということに加えて、インターネットや買い入れなど販売網を動かせる分、他の業種に比べたら希望は見えていると思います。ただし販売網が実店舗に限らないとはいえ、この店はできるだけ続けていきたいと思っています。
商売上儲けることが大切とは言っても、ある程度売る側も面白さを仕事の中での生きがいにしています。私にとっては銭湯に行った人が帰りに立ち寄ってくれるのも嬉しいし、お客さんとコミュニケーションをとるのも楽しく、そういったことを醍醐味に店を続けています。対面販売っていうのは面白いんです。実際に顔を合わせて本を買う楽しみを知っている人が、わざわざ遠くから本を買いに足を運んでくれる。そういった本を介しての出会いがもうただ嬉しいですね。
―「出会い」を大切にしているのですね。
古書店との出会いはお客さん側にも残っていてほしいなと思います。インターネットがすでに欲しいと思っている本を買う場所であるのに対して、古書店は無駄と出会う場所なんです。場としての書店が今減ってきていますが、このままインターネットが中心になってしまうと、ただ売れる本しか出回らなくなるのではないかと懸念しています。そうすると売れない本は捨てられたり、潰されたりする。でも売れるか売れないかだけが価値判断の基準になって、本が死んでいくのは嫌じゃないですか。
そういうインターネットの価値だけではあぶれてしまう本を生かして、古書という形で回していきたい。どちらがいいわけではなく、両方がうまく噛み合って回っていくことが大切なので、私は続けられる限り今後も店舗にこだわっていきたいなと思います。
―ありがとうございます。最後にこの記事を読んでいる人にメッセージなどあればお願いします。
欲しい本がないときにこそ、ぜひ本屋さんに来てください。本の背表紙を見にいくだけでも、自分の知識と呼応して、きっと素敵な無駄と出会えると思います。欲しい本を買いにいく時に、本屋さんに行くことが多いと思いますが、そうではない時に行ってみると、知らない本と会えるのではないでしょうか
また古書店をやっている人たちは話好きな方が多いので、訪れたらぜひ声をかけてみてください。無愛想な人も一見怖そうに感じる人も、案外気さくに話してくれると思いますよ。そんなふうに自由に古書店の場を使ってほしいなと思いますね。
文・とも仮名
古書現世
〒169-0051
東京都新宿区西早稲田 2-16-17
店主の向井透史さんのツイッターはこちら
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