大阪のおばちゃんアイドル「オバチャーン」は20年代のアイドル像を更新する
コロナ禍の影響でありとあらゆるカルチャーが窮地に立たされているが、アイドルカルチャーもその例外ではない。ライブや握手会といった、アイドルとファンが直接的なコミュニケーションをとることを可能にする空間=「現場」が機能しなくなったからだ。乃木坂46白石麻衣の東京ドームで予定されていた卒業コンサートの延期や、Juice=Juice宮本佳林の卒業延期といった対応から、アイドルが「現場」から離れざるを得ない状況が窺い知れる。アイドルを語る上では外すことのできない要素である「現場」がさらに長期間機能を停止することになれば、アフターコロナのアイドルのスタンダードは変容することを余儀なくされるだろう。
社会変化もアイドルのスタンダードを更新しうるものだ。例えば、アイドルとファンが双方向的に場所を問わずコミュニケーションを取ることを可能にしたのは、スマートフォンの普及とSNSの登場による恩恵を厚く受けているだろう。そして次にアイドルのスタンダードにインパクトを与えるのは、「恒常的な高齢化」ではないだろうか。数年後には3人に1人が高齢者になると予想されており、若者が担うポジションに高齢者も加わることで、社会構造の変化が加速するかもしれない。2010年8月に結成された大阪の”絡んでくるアイドル”こと「オバチャーン」はそれを象徴させる、平均年齢66歳のアイドルグループだ。ごく普通の生活を送ってきた彼女たちがヒョウ柄の服を身に纏い大阪を代表する姿は今後のアイドル像を更新する可能性を秘めている。そこで本記事では、「オバチャーン」のメンバーになぜアイドルを志向したのか、そしてプロデューサーの日座裕介さんになぜおばちゃんアイドルを構想したのかを問うことで20年代のアイドル像を読み取っていく。
大阪の” 絡んでくる”アイドル・ファイリング
大阪の” 絡んでくる”アイドル「オバチャーン」は自称平均年齢66歳のおばちゃんアイドルだ。現在は約15名で活動している。まず気になるのはアイドルとして異質な存在感が感じ取れる「オバチャーン」にはどのようなメンバーが在籍しているかであろう。当初は4月に開催される通天閣定期ライブを取材する予定だったが、予定を変更してメンバーにはアンケートを回答してもらい、日座裕介プロデューサーにはオンラインで取材を行った。
メンバーへのアンケートの回答は以下の通りだ。パソコンが使えないメンバーもいるためにFAXでの回答となっているが、味のある筆跡から彼女たちの人ととなりを感じてほしい。
「おばちゃんアイドル」をプロデュースしたきっかけ
―「おばちゃんアイドル」をプロデュースするきっかけを教えてください。
日座裕介(以下、日座):元々は「OSAKA LOVERS CM CONTEST」という大阪府主催のCMコンテストで、大阪のおばちゃんを起用したCMをつくって準大賞をとったことがきっかけです。28歳の時に東京から大阪に転職をしたのですが、なかなか結果が出せず仕事が回ってこなかったんです。その時に同じ社内の燻っている仲間たちとそのCMコンテストで結果を出したら仕事もうまくいくんじゃないかと野心を持って応募をしました。実はそのCMの主役は現オバチャーンの舟井栄子なんです。舟井とはそれからの付き合いです。
―なぜ大阪のおばちゃんをCMに起用したのでしょうか。
日座:大阪には、ヒョウ柄の服を着て商店街をチャリンコで爆走するパンチパーマのおばちゃんの印象があったのですが、転職で東京から大阪に移った時に意外にそういう昔ながらの「大阪のおばちゃん」はいないことを知りました。そんな時にたまたま舟井と出会ったのですが、舟井はまさに僕がイメージする「大阪のおばちゃん」でした。めっちゃしゃべるし、ちょっとがめついところもあるんだけれど、温かくて優しくておおらかで面白い。舟井のようなおばちゃんを通じて大阪の魅力をアピールすることができると思いました。
―そしてCMで準大賞を受賞したのちに、オバチャーンをプロデュースされるのですね。
日座:準大賞をもらって自信がついたこともあって、この舟井のような「大阪のおばちゃん」で面白いことができないかなと考えていました。その当時、2010年あたりはAKB48とかももいろクローバーを中心にアイドルが一大ブームだったんです。僕自身もアイドルが好きだったし、何よりおばちゃんがアイドルになるのは面白いなと思って2011年にオバチャーンのプロデュースを始めました。
―オバチャーンはグループアイドルですが、どのようにメンバーを集めたのでしょうか。
日座:オーディションをやりました。グループとしてのバランスを意識していたので、候補者の姿をビデオで見て、この人は前田敦子だ、あの人は大島優子っぽいよね、その人は板野友美だねみたいな感じで神セブンならぬ仏セブンをつくるつもりでやっていましたね(笑)。
オバチャンミーツアイドル
―正直、おばちゃんでアイドルグループをプロデュースするのはかなり挑戦的だと思いますし、必ずしもフォーマットがアイドルではなくてもおばちゃんを起用することはできたとも思います。
日座:確かに、アイドルではなくてお笑いとか劇とかYouTubeで勝負してもいいですよね。
―2010年代初頭にメインストリームだったAKB48やももいろクローバーは若いメンバーで構成されているし、ファンも疑似恋愛的な側面でアイドルを消費する一面があったので、アイドルというフォーマットにおばちゃんが通用するかどうかは難しかったのではないでしょうか。
日座:むしろAKB48やももいろクローバーが登場してくれたことで、オバチャーンをプロデュースする土壌が生まれたのだと考えています。と言うのも、美しさや可愛さ、歌や踊りのうまさがかなり重視されていたアイドルの価値基準に、人の魅力という項目にもスポットライトが当てられるようになったと思うんです。AKB48は学校一の美女が集まったのではなくて、クラスで二番目、三番目ぐらいの子が集まってできたと言われるじゃないですか。地味で日陰の存在だった前田敦子がグループのエースになって輝いたり、ずっと根暗キャラでブスと言われていた指原莉乃がファンからの根強い支持を受けて総選挙で1位になったりしましたよね。
―可愛くて綺麗で歌って踊れることが絶対とされていたアイドルの価値観が変容したのですね。
日座:彼女から元気をもらえたり彼女たちを応援したくなれば、おばちゃんでもそれはそれでアイドルとして成立するかもしれないと思っていました。結果的にはおかげさまで活動9年目なのでオバチャーンはアイドルとして継続的に応援していただけているのではないでしょうか。
ブラックミュージックと共鳴する大阪の魂
―「おばちゃんアイドル」がファンに応援してもらえるためには既存のアイドルとは異なったアプローチが必要だと思います。プロデュースする上で意識していたことはありますか。
日座:とにかく普通のアイドルの文脈を面白い形で裏切っていくことを考えていました。AKBが神セブンならオバチャーンは仏セブン、AKBが握手会ならオバチャーンなら人生相談会。流行ってくれている分、フリが用意されているからパロディとして分かりやすいし目立ちますよね。
―YouTubeに公開されている楽曲は英語の歌詞やタイトルが付けられていたり、外国の方にもリーチできるような発信をしていますね。
日座:まあ世界を狙っているというよりかは、日本で飽きられ始めたから世界に行かなきゃやっていけないなあと(笑)。最近は大阪もコロナの影響を受けていますが、2019年にG20が開催されて、2025年には大阪万博が控えていることもあって大阪が国際的に注目される機会が増えています。そのおかげでここ10年間はインバウンド需要が高まってきました。海外からの訪問客が増えているし、これからもずっと来てもらいたいので、大阪の魅力を多くの方に知ってほしいという思いがありました。大阪のおばちゃんが歌って踊ることで「人」が面白い街だとアピールすることができますよね。是非大阪に来て「人」に会いに来てねというメッセージを届けるために英語で歌ってもらっています。
―オバチャーンの楽曲は、レゲエ、ファンク、ヒップホップといったブラックミュージックの影響が強く感じられるものが多いです。なぜそういった独特な音楽の方向性を志向しているのでしょうか。
日座:ヒップホップ、レゲエ、ファンク、スカなどのテイストが強い楽曲が多いし、大阪のおばちゃんが歌ってうまくハマるジャンルがある程度決まっていると思うんです。まずおばちゃんはフラットなメロディの方が歌いやすいんです。逆にマライア・キャリーのような波打つメロディはまず歌えないんです。音程の高低が少ないジャンルになってくると、結果的にラップが歌いやすいんですよ。シャウトなどのギミックが入れやすいこともあるし、ブラックミュージックには元気になる明るい曲が多いですよね。
―楽曲「OBA FUNK OSAKA」「オバチャーンのテーマ」を聴くと、大阪弁の独特な喋り方がフローという形で自然に結びつき、ラップとして成立しているように感じました。
日座:かなり練習をしてやっと歌えるようになるので、最初は全然聞けたもんではないです(笑)。確かに大阪とブラックミュージックの結びつきが強いのかもしれないですね。大阪ってラッパーもレゲエアーティストも多いし、EDMをやる人もいるし、音楽が盛んなんですよ。しかも、リズムとかフローにおいて大阪弁はブラックミュージックとマッチするじゃないですか。何よりソウルの部分も似ています。アングラで反骨精神があるし、自分の色やオリジナリティーを主張したいという点で似ている部分はありますよね。
―楽曲は誰が制作されているのですか。
日座:トラックはTHE MICETEETHの金澤義くんがずっとつくってくれていて、歌詞は僕か運営メンバーのシソジュラがつくっています。音楽のコンセプトやサビのフレーズを決めるのが僕で、金澤くんと相談しながらジャンルやトラックの方向性を決めています。トラックに関しては毎回ジャンルを変えることを意識的にやっています。ジャンルで曲を選り好みされずにいろんな人に届けたいと考えています。トラックをヒップホップに限定してしまうとヒップホップが苦手な人は全部聴いてくれないだろうし、いろんなジャンルで作っていけばたくさんの人に聞いてもらうチャンスが出てきます。
グループ内の”熾烈”な競争
―実際におばちゃんアイドルを運営していく中で大変だったことはありますか。
日座:やっぱり高齢のメンバーが多いので、歌詞と振り付けを覚えるのにめちゃくちゃ時間がかかるのが大変ですね。来月に曲を出そうと思っても、膝が曲がらなくてダンスができないだとかいろいろ問題が起きてしまうので、3ヶ月くらいは余裕を持たないと曲を出すまでに振り付けが間に合わないんです。
―一回り二回りも年上の大阪のおばちゃんを指揮することで苦労されることも多いと思います。
日座:もう8年やっているので今は僕が手をあげたらみんな黙って話を聞いてくれるのですが、始まった3年ぐらいまでは大声で「すみません、聞いてください、すみません!」って言わないと静かになってくれなくて。皆さん元気すぎるし、媚を売ってくることが多くて困っていますね。
―どのように媚を売ってくるのでしょうか。
日座:メンバーが15人ぐらいいるのですが、メンバーの中でも一列目二列目三列目みたいなポジションの差がどうしても生じてしまうし、メディア対応の都合で15人は多いから5人しか出られないことがあるんですよ。そういう時、彼女たちはなるべく選ばれたいので、みんな前に前にとアピールしてくるんです。ただ、賄賂みたいな形でこちらを懐柔しようとしてくるんですよ。ダンスの練習の合間にお菓子を持ってきたりとか、みんなには黙っててねとか言って栄養ドリンクを持ってきたりとかしてくるんです。
―ある意味ではおばちゃんたちも前に出たいというピュアな競争心があるのですね。
日座:僕らはちゃんと誰が歌がうまいかとか、誰のパフォーマンスがいいとか、誰のトークが面白いとかそういう基準でちゃんとみています。大体入った順でポジションが決まってくることが多いですが、最近入ったメンバーが前列に入ることもあります。そうすると落とされた人がすごく拗ねたり脱退することもめちゃくちゃありますね。
―もはや他のアイドルと同じですね。
日座:メンバー間のポジションの争いは結構熾烈なんです。この前、メンバーの楽屋に全員分の椅子がないことがあったんです。メンバーは15人いたのですが、椅子が10脚しかなくて代わりに奥に畳のスペースがあったんです。そうなると、自然と前列のメンバーは椅子に座って自分の前に鏡があるところにいって、後列のメンバーは畳の方に行く現象が起きてしまって、なんとなくヒエラルキーが見えてくることもありましたね。結構えぐいです。
遅れてきたシンデレラストーリー
―なぜおばちゃんアイドルは既存のアイドルと方向性が大きく異なる中で、アイドルとして愛されているのでしょうか。
日座:おばちゃんがステージで歌って踊って、ポスターとかCMに出て頑張っている姿が人を元気にさせているんじゃないでしょうか。60歳とか70歳になって今まで主婦をやっていたのに、急にCMに出たりステージで歌ったり踊ったりする人生は彼女たちにとって考えられなかったことだと思います。そういう奇跡的なことが起きると彼女たちの意識が変わって、人を元気にできるかもしれないと思いながらパフォーマンスをするんです。ファンの方はそんな彼女たちの姿を見て感動する。遅れてきたシンデレラストーリーじゃないですけど、彼女たちの生き様を感じて、いくつになっても人は輝けることを証明してくれているんです。
―自分の老後のことを考えると先行きが見えないというか、老後はあまり楽しいというイメージは持っていないかもしれません。
日座:僕を含めて、いまの若い人って自分が高齢者になった時のポジティブなイメージが思い浮かばないと思うんですよね。でもオバチャーンは若者に「うちらはこんなに楽しいです!」とアピールをするから、自分の老後も楽しいかもしれないと前向きになってくれるのかなと思います。
―オバチャーンと比較すれば十分に若い大半のアイドルは年齢を重ねると卒業をしてしまいます。それに対してオバチャーンは既に歳をとっている状態から活動するので、活動が純粋にプラスになっていきますね。
日座:50代のメンバーなんか他のお姉さんメンバーに認められないですからね。65歳以上じゃないとオバチャーンじゃないとも言われています(笑)。アイドルにとって年齢を重ねることはスペックが落ちていくこととして捉えられてしまいがちですが、オバチャーンは年を取れば取るほど魅力が増していくんです。
オバチャーンが変えていくこれからのアイドル像
―オバチャーンという独特なアイドルを運営されていますが、アイドルはどのような存在だと捉えていますか。
日座:可愛い、綺麗というのはパーツとしてあるとは思いますが、もっと根本的に見れば、見ている人に元気とか勇気や生きる活力を与えてくれる存在がアイドルなんじゃないかなと思います。活動を見て、僕も頑張ろう、私も頑張ろうって思っていただけることがアイドルの活動する意味ではないでしょうか。
―もしかしたら誰でもアイドルになれる可能性はあるかもしれないですよね。
日座:もちろん誰でもアイドルになれると思いますよ。別に男性女性という境界で分けることではないので、ジェンダーも年齢も全然関係ないです。歌って踊ってパフォーマンスすることができれば、アイドルとして成立するのではないでしょうか。あとは大衆に受け入れられるかどうかの話になりますよね。
―最後になりますが、オバチャーンの最終的なアイドルとしての目標を教えてください。
日座:アイドルという言葉は象徴という意味でもありますが、日本の元気な高齢者の象徴になれたらいいですね。「日本にはオバチャーンがいるじゃないか」「日本は60代70代になっても輝いている人たちがいる素敵な国なんだな」って思ってもらいたいですね。日本はやっぱり高齢者が多いですが、単純におばちゃんが歌って踊っているのを見て、面白いと思ってくれたり元気になってくれればいいなと思いますね。いろいろな人に希望を与えられたらいいなと思います。
取材・文/伊藤勇人