コロナ禍の学生街をどう生き抜くか・第1回「喫茶・早苗」(全4回)
日本でも有数の規模の学生街を持つ、早稲田。緊急事態宣言以降、大学へ通う学生が著しく減ったことにより、近辺の商店街は苦境に直面している。この「早苗」もその一つだ。雀荘を前身とするこの店は、60年の歴史の中で現在喫茶店として生まれ変わり、店主の宇田川正明さんによって経営されている。学生が来なくなってしまったこの街はどのように変わりつつあるのか、というテーマで取材を行った。
―まずこのお店、「早苗」についてお聞かせください。
宇田川正明さん:
ここはいまは喫茶店なんですが、昔は私の父母が経営していた雀荘だったんです。いまは1階も2階も喫茶店に改装していますが、昔は1階が雀荘、2階が家で。ここは私の生まれ育った家なんです。なので、私は雀荘の息子なんですね。
しかし10年ほど前に母が他界しまして、ここが空き家になってしまったんですが、私自身一度雀荘をやりたいなという思いがずっとありまして。それで会社をちょいと早めに退職しちゃって、このお店をはじめました。
―そうして始めたのがいまの「早苗」ということですか?
はい。母が切り盛りしていたころの「早苗」も、学生の麻雀離れが進んでいて、晩年はお客さんが少なくなっていたんですね。新しく始めるにあたってどうしようかなと考えていたのですが、私はお酒が好きだったので、まずはバーをやってみることにしました。でもバーは昼間にはできないし、昼間はどうしようかなと考えたときに、じゃあ喫茶店をやろうということに。こうして、雀荘とバーと喫茶店が一緒になった、変わったお店ができたんです。
そして去年の2月に、雀荘をやめようと思いました。ここは大学の近くですが、風営法が出来る前から雀荘として営業していて、私が子供の頃にはこの南門通りだけで3軒、早稲田の周りだけで30軒くらい雀荘がありました。しかし、去年の10月には大隈通り商店街にあった最後の雀荘が店を閉めていたりして、もう早稲田大学の周りには雀荘が一軒もない。他にこの周りだと古本屋も、ものすごく減りましたね。
そういう意味でいうと、学生が変わってきたことによってなくなっていくものは、学生街には結構あるでしょうね。その後去年の2月に先ほどの、学生の麻雀離れなどの理由から雀荘を閉めました。雀荘をやめたあとはコーヒー豆を売ろうと考え、豆の販売をはじめています。
―なぜ、豆の販売をはじめたのでしょうか。
前々から早苗のコーヒーは美味しいと評判があって、私も自信がありました。以前は雀荘があって、バーがあって、喫茶店があってという意味で、早苗というお店の空間づくりをミッションにしていました。これからは空間づくりに加えて、コーヒーのイメージを強くしていこうということで、今度は、早稲田のコーヒーが美味しいお店と言ったら「早苗」と言われるようになるのが、今のミッションに変わりました。
その後、豆の販売も喫茶店も結構順調にいっていたので、もしかして、2号店を出してもいいんじゃないのかなと去年の12月ごろには思っていました。今年の1月も非常に好調だったのですが、まあご存知のように2月くらいからそろそろ騒がれ始めて。
―新型コロナウイルスが日本でも出始めた頃ですね。
そのとき、雀荘をやめていてよかったなと思いました。麻雀って4人でやるじゃないですか。パイを手で触るから、もしも一人が感染していたら、必ずウイルスがくっつくわけですよ。そういった点でこれは本当にいいタイミングだったな、と。
―都内に緊急事態宣言が出たのは4月7日でしたね。
そうですね。そして本来の卒業式が3月25日じゃないですか。あの日に卒業式はなかったけど、学生が大隈講堂前に大挙して集まっていたんです(注) 。 その様子を昼間に見ていてこれはだめだ、学生が広めてしまうと思ったんですよ。だから「営業自粛してくれ」って東京都が言う前から、「やーめた」って思って、自主的に店内営業をやめました。
その後の休業のときは、豆の販売だけは通信販売でやっていましたが、店自体を閉めていたから、売上はほとんどなかったかな。4月5月の連休まで店を閉めていたんだけども、そこからコーヒーのテイクアウトを始めて、6月から店内営業を再開しました。ですが、以前と比べたらお客さんは来ていないですね。こんなのがずっと続いています。
注:早稲田大学は2020年3月の卒業式をライブ配信で行い、卒業生・修了生を集めての式典を中止していた。
——普段の日も学生が多く利用していますよね。
普段、このお店の客層は6割から7割が学生さんなんです。ただ、8月から9月、2月から3月の休業期間は授業がないじゃないですか。1年のうち8ヶ月しか学生さんが店に来ないんですね。そういったときにどういう人が来るかというと、まずは卒業生。ここは60年くらい前から雀荘として店を開いていたので、当時のお客さんが懐かしんで来てくれることがありますね。それから大学と仕事をしている人たちも多く来られます。そういった方々が、学生がいない期間も来るのですが、今は学生はいないし、大学と取引されている方たちもいない。近所の人達が散歩がてら来るくらいですね。
この8月9月に入ってからは、少しずつ学生も戻ってきている兆しはありますが、それでも学生が大学にこないなという印象はあります。じゃあ、まあのんびりやろうっていって、今はのんびりやっていますね。
―昨年と比べて、今年の売上はどのくらい変わりましたか?
昨年の半分以下ではありますね。お客さんの数を見ると3分の1から半分の間くらいに減っています。4月5月の売上がほぼゼロの状態から持ち直してそのくらいですね。本来ならば、入学式の日とか、オープンキャンパスの日とか、あとは早稲田祭の日にはびっくりするくらいお客さんが来るんだけど、そういうのもまったくなく……
——状況は一変しているのですね。
結構、他のお店もきついと思いますよ。いくつか廃業されているお店もあるから。
——なぜ、そこまで深刻な状況になっているのでしょうか。
早稲田の学生街は、ほかの学生街と比べて特殊なんだと思います。大半の学生街は、周遊性がすごく高いんです。例えば、東京大学だと広い敷地の周りに商店街がぐるぐるとあるじゃないですか。神田神保町なんかも、周りに複数の大学がある上に、道が碁盤の目状になっている。いっぽうで早稲田は、キャンパスの周りをお店が囲んでいるだけなので、動線が少ないんですよ。
加えて学生街とはいっても、あくまで大学と商店は別なので、結果として双方の思惑がうまく噛み合わないこともありますね。かつて2限と3限の間は90分の昼休みが設けられていましたが、今は50分に短縮されています。この変更によって、学生さんが昼休みに周りのお店で、昼食を食べようとする機会が減ってしまったわけですね。今も大学の中にコンビニができたりと、大学は学生の利便性を考えて色々の施策を打ち出しています。学生を第一に考えれば、それは正しいのだけれども、周りのお店からすると辛いところがありますね。
―来年度以降に関しても、大学はオンライン授業の継続を挙げています。以前のような学生の活気が街に戻るかどうか不透明な状況ですが、この形態が続く限りの今後のお店の展望をお聞かせください。
うーん、もうのんびりと、マイペースでやるのがいいんじゃないかな。ここは自分の家だからいわゆる賃料みたいなものはないので、赤字を気にするのであれば、別にこの店はやらなくてもいいんですよ。
ある意味ではここのお店はね、私の遊び場なんですよ。私なんか、何もしないでいると1日遊び回って1万円くらい使っちゃうので、それならここにいたほうが一番いいんですね。お金を使わないで遊んでいられるからさ。
ここのカウンターにはウイスキーがいっぱい並んでいるんですけどね、”天使の分け前”って言葉知ってる? ウイスキーの呼び方なんですけどね。ウイスキーって樽の中に寝かしておくと、その中で1年に2,3%蒸発するんですよ。その減った分を”天使の分け前”って呼ぶ言い方があるんですね。実はここのお店のウイスキーも、どんどん減っていくんです。「これは天使(店主)の分け前だ」つって飲んじゃって。だいたい3時くらいにおやつとして1、2杯飲んでますね。
——宇田川さん自身が楽しんで経営されているお店なんですね。
そんなことをしたり、新しいお店の企画を考えてみたりして過ごしてますね。最近では、喫茶店でのサブスクリプション的な試みとして、珈琲定期券というものを実験的に始めています。
ただお店に人が来ない状況が続いているので、最近では豆を売ることにお店の重心をシフトしようかなとも考えています。昨日だと店内のお客さんは3人しか来ていないからね。でも豆を買うお客さんは多いんですよ。
ここのお店をやっていくだけなら、私が食えなくなることはないし、またバイト君にもそれなりにお給料を払えるんです。どうせ遊びだもん、ここは私にとって。ただこういうお店の方針を考えたり、企画したりするのって楽しいじゃないですか。
―ありがとうございます。最後に、これを読んでいる方々にメッセージなどがあればいただきたいなと思います。
今を楽しめとまでは言わないけど、ステイホームや外出自粛をしているなかで 、新しい楽しみを見つけることもできるんじゃないでしょうか。決して悲観しすぎなくてもいいと思います。
だからそういう意味では、お家で新しい楽しみとしてコーヒーを飲む習慣をぜひ作っていただいて、早苗の豆を買ってくれると、私にとっては嬉しいことですね。
取材・文 とも仮名
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