今求められるコロナ禍でのファクトチェック FIJ事務局長楊井人文インタビュー
デマやフェイクニュースが連日連夜飛び交っている。影響力のあるメディアが誤った情報を発信することもよく見かけるようになった。結果、人々がいわれのない中傷被害にあったり、生活必需品の買い占めが起きたりする。その影響は実生活にまで及び、決して無視できるものではない。今、私たちは正しい情報を見極めるために、情報の真偽を検討するファクトチェックに注目するべきではないだろうか。
改めてファクトチェックとはどのようなプロセスを踏むのか、そしてどのようにニュースと向き合うべきかを、ファクトチェックの普及活動を行うFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)事務局長・楊井人文さんに伺った。
ファクトチェックとは何か
―そもそも、ファクトチェックはどのようなものなのでしょうか。
楊井人文(以下、楊井):ファクトチェックは、世の中に出回っている情報やニュースを第三者の目線から調べ直して、事実関係を確認する作業のことです。調査のプロセスやそのために集めた資料、根拠となる情報をオープンにすることで、事実かどうかを見極めるために役立つ情報を市民に提供することが目的です。フェイクを撲滅する、フェイクに対抗するというイメージを持たれることが多いですが、あくまで情報が事実かどうかを再確認する作業だと思ってもらえればと思います。
―どのような基準で事実かどうかを判断しているのでしょうか。
楊井:事実とは、誰もがその証拠となる情報を確認すれば、間違いなくそうであると確認できる客観的な事柄を言います。つまりその情報が事実であるためには、客観的な証拠や誰でも確認できるもの、いわゆるソースがなければいけません。例えば、「ジョージ・ワシントンはアメリカの初代大統領である」という情報は客観的な事実として確認できるわけです。しかし、「ジョージ・ワシントンは歴代で最も偉大な大統領だ」という情報はどうでしょうか。これは「偉大さ」を測る客観的な基準があるわけではないので、事実ではなく意見ということになります。
―事実かどうかを判断するためにソースを確認しなければいけないですが、そのソース自体も正しいかどうかを判断しなければいけないのではないでしょうか。
楊井:まず、ソースが録音や録画で記録されているものは改ざんの疑いがない限り、基本的に信頼できるでしょう。ただ、世の中のソースはそういうものばかりではないし、全てのソースが正しいかどうかを判断するのは難しい場合が多いです。次に信頼性が高いのは、公的か民間かを問わず専門性のある組織や人が調査や記録のために作成した文書になります。逆に、まったく背景がわからない人が発信している情報は信用できません。
―しかし、影響力のあるメディアやインフルエンサーでもフェイクニュースを発信してしまうことが散見されるように、必ずしも情報元の組織や人だけで信頼するのは難しいのではないでしょうか。
何が信用できるかという基準はある程度経験によって培われるので、若い人にとっては難しい面もあるかもしれませんね。メディア単位で信頼性を評価するのは難しく、結局ひとつひとつの情報を確認しないといけません。例えば、新聞社は伝統あるメディアという点で一定の信頼はできますが、全ての記事を完全に信頼するのは危ないです。同じ新聞社の記事でも、取材対象者が明示されているものと明示されていないものが混在しているからです。よく「政府関係者によると」などの表現が見られますが、これはソースが明らかだとは言えないので、専門家が名前を出している記事と比べると信頼度が劣ることになります。
コロナ禍のフェイクニュース
―昨今でも新型コロナウイルスに関するフェイクニュースは多くあります。そもそも、なぜフェイクニュースが拡散してしまうのでしょうか。
楊井:新型コロナウイルスは誰にでも感染しうるがために、多くの人が関心を持っている話題です。また社会も混乱していることから、不安や恐怖を感じている人も多いと思います。そのような時には、少しでも不安を解消できるような情報や、納得できる情報を探し求めたくなる心理があると思います。また、世の中に出回っている情報に不信感を抱くと、隠された真実を求めたくなるという心理も生まれてきます。そして、良かれと思って他の人に教えてあげようと正しくない情報をどんどん拡散してしまう。ある意味人間として自然な行動がデマや怪しげな情報を社会に広めてしまい、混乱を広げてしまうことに加担してしまっているのではないでしょうか。
―不安感から正しくない情報が拡散されてしまうこともありますが、コロナ禍ではデマだと分かっていても「騙される人が多くいると予想する人」が多くいた結果、トイレットペーパーの買い占めが発生してしまいました。
楊井:トイレットペーパーが品薄になるという情報が誤りであると報道するだけでは、トイレットペーパーが現状品薄になっていないことを説明しきれていません。そのため、視聴者はデマだと分かっていても自己防衛的で身勝手な行動に走ってしまいます。そうならないために、メディアはデマであると報道するだけでなく、トイレットペーパーの在庫はどれだけあって、供給に何の問題もないということを誰にでも納得できるように報じるべきだと思っています。トイレットペーパーの在庫が店頭にたくさんある映像が流れれば、視聴者の方も何もそんなに慌てて買いに行く必要はないと思い、安心できると思います。
―メディアの報じ方によってもフェイクニュースによる「二次災害」が発生するのですね。
楊井:新型コロナウイルスに関しては、あまりにも不安を高める情報ばかりが流れてしまっているので、ますますそういう行動を誘発しやすくなってしまっていると思います。しかし、大手メディアがやっていることを一般市民が直接的に制御することはできないので、人々の不安を必要以上に焚き付けないような、慎重な報道をしてもらうしかありません。
―フェイクニュースの拡散スピードが、ファクトチェックした情報の拡散スピードに勝ってしまうことが多いですよね。
楊井:ファクトチェックは後追いで検証することになるので、早ければ翌日に結果が出ることもありますが、検証に数日を要することもあります。そうなると、既にフェイクニュースが拡散されてしまった後に、本当の情報を拡散しようとしてもどうしても範囲は限定的になってしまいます。そのため、ファクトチェックの情報が元の情報に比べて拡散されないことが多いです。ファクトチェックは万能ではありませんが、それをする、しないとでは大違いです。きちんとファクトチェックすれば、それ以上の誤情報拡散を抑える効果はありますし、人々が事実を冷静に見極めるのに役立つことができると考えています。
ひとりひとりの力でフェイクニュースに対抗していく
―真偽を問わず膨大な情報が社会にあふれている中で、何に気をつければいいのでしょうか。
楊井:一番危険なのは分かった気になって白黒を決定してしまうことです。最近、「新型コロナウイルスは人造である」という陰謀論の話題がありますが、現状では人造であることも人造でないことも証明することは難しいです。この件以外でも一部の学者が定説とは真逆の見解を示す場合がありますよね。そういう不確実な情報にも白か黒かで答えを求めがちですが、分からないものは分からないままのグレーの状態にしておくことも必要です。もちろんファクトチェックの専門家でも事実かどうかを判断できないことはたくさんあります。まずは世の中の情報を、客観的な証拠で確実にわかっていることと、グレーでどちらにも判断できないこととを区別することが重要です。
―多くの情報と接する中で、私たちにできることはあるのでしょうか。
楊井:情報の真偽についてひとりひとりが真摯に向き合うことが必要です。ファクトチェックは専門家のみならず、誰でもある程度はできることです。先ほどのトイレットペーパーのデマについても、実際に在庫はどうなっているか業者などに取材することによって調べられます。また今の時代はいろいろな手段で情報を発信できるので、ニュースについて実際に調べたことを発信することも、情報に振り回されないための有効な手段になるのかなと思います。ただし100パーセント正しいと言えない情報の拡散は控えるべきです。そうした一人一人の行動がデマやフェイクニュースに対する抑止力になる可能性があると思います。
―市民レベルで判断できる話題もあれば、コロナウイルスなどの専門的知識が求められる話題では調べることが難しい場合もあるかと思います。
楊井:ひとりひとりが専門家はどのような情報を発信しているか、ある情報に対してたいしてどのような検証が行われているかを調べて、自分が調べたことを共有していくことができればいいのではないでしょうか。共有することで判断材料が増えていき、情報の真偽を見極める上で大きな助けになると思います。
ファクトチェックは誤った情報に対抗したり撲滅したりするための手段でもありませんし、それを目的としたものでもありません。冷静に事実が何なのかを調べることで、誤った情報に振り回されないための免疫力をつけましょうという意味合いです。もちろん元の誤った情報を消し去るということはできませんが、ファクトチェックの取り組みが広がることによって、誤った情報が広がり続けることを抑止する効果はあると思います。できるところからでいいので、情報と接する際にその情報が事実かどうかを調べてみてください。
楊井人文さんのyahooニュース記事をこちらでご覧いただけます。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanaihitofumi/
取材・文/伊藤知華