コロナ危機を乗り越えるための経済政策―経済学者 井上智洋インタビュー
新型コロナウイルスの流行によって経済が危機に瀕している。飲食店をはじめとする感染リスクの高い場所に対して営業自粛要請が発令され、収入が大幅に減少し、今後の経営が立ち行かなくなっているケースも多い。さらに、アルバイトで働く人々も収入が途絶している。大学生の中には、学費を払えずに退学を考えている人もいる。また、全国規模での外出自粛要請の影響により様々な産業が打撃を受け、深刻な不況も予測されている。そのような中で政府の支援は十分に行き渡っているとは言い難い。
そこでコロナ危機以前から、IT技術の発達によって将来発生する失業者を救うためのベーシックインカムの導入を主張してきた経済学者の井上智洋先生に、政府が取るべき今後の経済政策について伺った。井上先生は生活困窮者を助けるため、そして不況による経済へのダメージを緩和するため、毎月10万円の一律給付が必要だと語る。日本政府はこのような大規模な経済政策を打ち出していくことが出来るのだろうか。
※この記事は5月9日に取材したものです。
井上智洋
駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。博士(経済学)。専門はマクロ経済学。特に、経済成長理論、貨幣経済理論について研究している。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることも多い。『人工知能と経済の未来』(文芸春秋)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)、『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社)、『純粋機械化経済』(日本経済新聞社)、『MMT』(講談社)などがある。
個人や中小企業への支援策
ー新型コロナウイルスの流行による経済への影響によって、生活が困窮している方々がいらっしゃいます。地域にもよると思いますが、飲食店や娯楽施設といった人が集まる場所は営業自粛を余儀なくされ収入が途絶し、アルバイトの収入も大幅に減少しており、その収入によって暮らしていた人の生活が立ち行かなくなっている状況です。現状、このような方々への政府の支援が十分に行き届いていないのではないかと思っています。まず、個人への一律10万円給付に関してはどのようにお考えですか。
井上智洋(以下、井上):私もちょっと足りないと思っています。個人に関しては4月末に決まった補正予算で現金10万円一律給付が決まりましたが、私は3月から20万円は必要だろうと言っていました。3月上旬からアルバイトをしている学生やフリーターの人は仕事が全く無くなってしまっているかもしれません。一ヶ月10万円はないと暮らしていけないので、3月から4月までの分として20万円は必要だろうと思っています。もちろん10万円でも現金一律給付すること自体には私は賛成ですけども、5月末までは緊急事態宣言下の状態が続くだろうという見通しなので、(注:5月14日、安倍首相の会見で39の都道府県で緊急事態宣言を解除することが発表された。)さらに10万円を加えて合計30万円ぐらいないと収入を失った人は生活していけないだろうと思っています。
ー追加の一律給付に関しては政府内でどのように議論されているのでしょうか。これから増額することは考えられますか。
井上:2020年5月9日(土)現在、政府が第二次補正予算案をまとめています。そこで追加の10万円を給付する案が出てきたそうなんですけれども、結局それは盛り込まれないのではないかと予想しています。困っている学生に対して10万円(最大20万円)を給付する案が今盛り込まれようとしていて、それは歓迎することなんですけれども、当然世の中の困っている人は学生さんだけではないので追加の国民全員一律給付をぜひ入れてほしいと思います。
ー一律給付が必要である一方で、困窮している中小事業者への支援も必要だと思います。特に5月に入ってから飲食店やライブハウスなどが閉店する報告を見かけることが多く、政府の支援が行き届いていないのではないかと思っています。
井上:私は最近コールドスリープという言葉を使っています。つまり、いったん経済活動を止めて「冷凍保存」の状態にしておいてコロナの流行が収束したら元に戻れるようにしておくことが必要であると考えています。そして、コールドスリープの最中に店が潰れないようにするためには、店を閉じていてもかかってしまう家賃と人件費という二つの固定費に対して補助が必要です。
人件費の方はもともと雇用調整助成金という制度があります。これは会社が社員を休ませたときに、その人に対して普段の給料の6割は最低でも支給しないといけないことになっていて、それを国が補助する制度です。ただし、1日の上限が8330円で、これだと差額分をかなり会社が出さないといけないので会社の負担がまだまだ大きい。そこでこの上限をもうちょっと上げようとしています。(注:5月14日の会見で雇用調整助成金の上限が一日当たり8330円から、1万5千円に増額されることが発表された。)
それは良いことなのですが、でもこの雇用調整助成金の申請がかなり大変で、なかなか審査に通らないと言われています。4月末の段階で問い合わせが20万件くらいあって、申請が2万件くらいあったけど、結果的に通ったのは300件弱しかなかった。この申請の相談を受け付ける社労士さんも今忙しいので、すべての依頼に応じきれていない状況です。
ー制度は以前からあったものの、現状ではそれが十分に機能していないんですね。
井上:審査に通らなかったわけではなくて時間がかかっているだけだと思うのですが、このスピード感でやっているともう店がつぶれてしまうのではないかと思っています。雇用調整助成金を管轄している厚労省の方も国民の不満に答えて手続きを簡略化しようとして苦労していらっしゃるかと思いますが、そもそも制度を複雑に作ってしまうこと自体が面倒を引き起こしていると思います。その一方問題はお店側にもあります。出勤の記録などをちゃんと帳簿につけていないので申請できないケースもあるんですよね。そのような事情もあって今の支援体制だと雇用調整助成金が貰えないというところが多いのかなと思っています。
ー家賃に関しても支援があるのでしょうか。
井上:家賃の方は今まで何の支援もなかったんですが、ようやく自民党案がまとまってきて、家賃の3分の2相当を半年間国が給付する案が出ています。ただ、事業者が残りの3分の1の家賃分を払い続けるのが難しいという意見もあります。それから、個人と違って企業はそもそも給付ではなく融資でいいのではないかという案もあります。
しかし、コロナ危機が収束する見通しが立たない中でずっとお金を借り続けた挙句、営業再開前に潰れてしまうよりは、ダメージの少ない段階で潰してしまったほうが良いと事業者が判断してしまう可能性もあります。理想はコールドスリープを完全に可能にするために毎月の固定費を全額国が負担することですが、固定費がいくらかかるかを公平に判断するのも結構難しいんですよね。
ー井上先生は中小企業への支援に関してどのような案をお考えですか。
井上:私は条件をつけないのがすごくいいことだと思っています。条件をつけるとその条件をクリアするために不正を働く人が出てくるし、条件をクリアしているのかどうかを判断するための審査に時間がかかってしまうんですよね。だから、現実的に実施可能かどうか分からないんですけれども、例えば従業員の数に比例させて「15万円×従業員数」の額を毎月全ての企業に給付するなど、企業の規模に応じて一定額を給付するという案が一つ。もう一つは企業がここ2、3年の法人税として支払った金額をキャッシュバックするという案です。ただ税金の納付額が少ないところも多く、二つ目の案だけでは足りないでしょう。
大規模な経済政策を打ち出していくために
ー例えば、個人に毎月10万円給付すれば概算で一か月あたり10兆円、それを10か月続ければ日本の年間の国家予算並みのお金がかかります。その財源はどうやって捻出するのでしょうか。
井上:本来は政府がどんどんお金を刷って財源として捻出していいんです。けれども今政府の仕組みとして、支出した分は必ずそれと同額の税金、ないしは国債の発行が必要になるという縛りがあります。本来はこの縛りがなくても別にいいんだけれども、無制限にお金を発行し続けてハイパーインフレが起こってしまうことを回避するために縛りがあると一般には考えられています。今回の支出は増税ではなく基本的に国債発行で賄います。国債は政府の借金なので、後で増税されるのではないかと思うかもしれませんが、必ずしも増税が必要なわけじゃなくて、別に政府の借金って増やし続けても構いませんよっていうことなんですね。
ーどういうことでしょうか。
井上:MMT(注:Modern Monetary Theory (現代貨幣理論)の略称。国家の財政について主流派の経済学とは一線を画す主張をしており、活発な議論を呼んでいる。)をご存知でしょうか。私はMMTに全面賛成ではないのですが、部分的に正しいと思っています。要するに過度なインフレにならない限りは政府の借金を増やしても大丈夫で、借金そのものが問題であるかのように扱うべきではないという立場です。本場アメリカのMMT論者は必ずしもその点を強調しているわけではないのですが、日本では特にそういう立場をとっている理論として知られています。
MMTはかなり奥深く難しい理論なので、借金そのものに問題がないということを、MMTによらずに簡単な例で言い表しましょう。私たちが銀行に預けているお金は銀行の債務なんです。でも銀行預金が増えていくことに対して銀行が借金をしていてけしからんとは言わないですよね。あるいは企業も同じで、社債を発行してどんどん借金をして経営している会社はありますが、企業の借金そのものが問題だとは見なされない。それと同じように政府の借金自体を問題であるかのように考えるのはおかしなことです。
もちろん借金が増えることによるデメリットとして、利払いが発生してしまうことが挙げられます。政府の利払いが増えていかないためには、発行した国債を日銀のような中央銀行がどんどん買えばいいんです。そうすると国債がお金に変換されます。お金の量が増えたらまずいんじゃないかと思うかもしれませんが、過度のインフレにならなければ大丈夫です。
イタリアやギリシャのような自国通貨を持たない国ではそういう「マネタイゼーション」(国債を貨幣に変換すること)はできないので、コロナ危機によってますます割を食うことになると思います。自国通貨を捨ててユーロ圏に加入したのがそもそもの間違いです。日本やアメリカのような自国通貨を持つ国では、過度のインフレにならない限り問題ありません。
ー過度のインフレにならない範囲ではどれくらいの額を給付できるのでしょうか。
井上:まず個人に対しては100兆円ぐらい配っていいんじゃないかと思っているんですよ。もし給付している途中でコロナ危機が収束して外出できるようになった場合、そのお金で人々がたくさん物を買うと物価が上がる可能性はありますが、多少物価が上がってもいいんですよ。それこそ日本はデフレ不況に長らく苦しんできたわけで、インフレにすることを目指してきたはずです。
そもそも、日本がデフレから長らく脱却できなかった根本要因は、政府が世の中に出回るお金を増やさなかったことにあります。経済学の用語で「ヘリコプターマネー」というのですが、どんどんお金を世の中にばらまかないと景気は良くなりません。そうするとハイパーインフレになるなどと心配する意見もあるのですが、長らく栄養失調だった人が食べたら肥満になると気に掛けて食事を控えるようなものです。杞憂としか言いようがない。それに、いろんな企業の支援なども含め200兆円を配ったら、インフレ率が15%になりましたということがあったとしても、この非常事態だし許されると思うんですよね。
ー状況次第では、莫大なお金を給付しても問題はないんですね。ではなぜ政府は一律給付の増額を早急に決定しないのでしょうか。
井上:緊縮財政と呼ばれるような、お金を全然使わない体質が政府にしみついているんです。この非常時においてようやく少しは意識が変わってきているかもしれませんが、政府内でも閣僚によって温度差があって、全体としては財政規律を守らないといけないというスタンスを捨てきれていないように見受けられます。戦争の時に「財政規律がー」とか「政府の借金がー」とか言っている閣僚はクビにした方がいいと思います。今、ウイルスとの戦争をやっているわけでしょう。負けて国が滅ぶよりは借金を抱えてでも生き残った方がいい。
ーなぜ非常時にもかかわらず財政規律が重視されているのでしょうか。
井上:財政黒字を目指すことを均衡財政主義といいます。その立場の経済学者や政治家の半分ぐらいは、今の状況を重く見てもっとお金を出したほうがいいという立場に変わっています。残り半分の人たちは相変わらず財政規律が大事だと言い、病的に均衡財政主義にしがみついてしまっていますね。今の政府にもそういう考えの人たちがいて結構力を持っているようです。
それから、財務省が力を持っていることも要因かもしれません。国の財政を管理している財務省が国の抜本的な方針の決定に対しても口を出してしまっているという状況があって、どうしても財政規律を重視するスタンスになってしまっていると思っています。
一つ例を挙げると、今後日本でノーベル賞の受賞者が出なくなるのではないかという話があります。それは国の科学研究費の出し方が悪いからだという批判があるんですけれども、ある雑誌の特集でその問題が取り上げられた時、その批判に答えたのが文部科学省の官僚じゃなくて財務省の官僚だったんですよね。要するに、科学技術行政に関して財務省が方針を決定してしまっている。だったら、責任も取ってよねと言いたい。日本で科学技術に関する論文の数は今どんどん減っていて科学技術が衰退しているんです。そのことを財務省が責任取って反省し方針を変えるかっていうとそうはならない。財務省が力を持ってしまうのは、本来国の方針を決めるはずの政治家がお金の使い道をコントロールできていないので、政治がだらしないからだと言えるかもしれません。
不況を乗り越えるために私たちができること
ーコロナウイルス流行によって、深刻な不況が予測されています。これはどれくらい深刻な事態なのでしょうか。
井上:3月上旬ぐらいに出張で名古屋に出向いたときに新幹線がガラガラで、ああこれはリーマンショックを超えるなと思ったんです。でも今はその判断は甘かったと思っていて、リーマンショックどころか、1930年代の世界大恐慌も超えて資本主義始まって以来の危機になる可能性が高くなってきていると考えています。
大国の中で一番被害を受けているアメリカでは失業率が30%に達するという予測があります。大恐慌の時代は失業率が25%まで上昇したので、その予測が実現したら世界大恐慌を上回る経済危機に陥る可能性があると思っています。ただし、経済政策次第では最悪の状況を回避できます。
私は基本的にマクロ経済政策はお金をいくらばらまくかという話だと思っているんですよ。4月上旬に日本政府が企業と個人に対する6兆円の支援を決定した時に、アメリカは220兆円の経済対策を発表していました。三桁違うわけです。だからアメリカはトランプ大統領の大胆な経済政策の実施のおかげで、1930年代の世界大恐慌のような危機に至らない可能性もあると思っています。
ー日本もアメリカのように大規模な経済政策を打ち出せば景気の悪化を抑えられる可能性があるんですね。
井上:コロナ危機が収束した後もお金を配り続けた方が良いでしょう。その場合に給付金の役割は異なってきて、生き延びるための給付から消費するための給付に変わるんです。
日本ではフェーズが二つあって、第1フェーズはコールドスリープ、つまり経済活動を止めてまず生き延びる段階です。そして第2フェーズは、経済活動を再開して経済を活性化させる段階です。ただ、もしコールドスリープに成功したとても、第2フェーズであまり消費が増えない可能性があるんです。長らく仕事を失っている人は生活がカツカツですし、すぐには仕事が見つからないこともあります。そうするとその人たちは収入がないのであまり消費しません。
だから、自粛が解除されたらまず政府は、お金に余裕がある人が貯蓄に回していた一律給付の10万円をぜひ積極的に使ってくださいと呼びかけるべきでしょうね。それに加えて、10万円、あるいは7万円でも5万円でもいいですが、お金を給付し続けることが必要なんです。
ー政府の経済政策という対策がある一方で、私たち個人が意識して消費することも不況対策になるんですね。
井上:今でもお金の使い道はあると思います。別に無駄遣いしろというわけではないのですが、これをきっかけに家の中のネット環境を整えたり、新たにパソコンを買ったりしてもいいと思うんですよね。
あとはやっぱり、コロナ危機が終わった後に旅行をしたり飲食店に行ったりすることです。それがある意味社会貢献だと考えていいと思います。特に馴染みのお店があったら是非そこに行って助けてほしい。お客さんがコロナ危機後に戻ってきてくれれば、お店としてもそれまでの苦労が報われるのではないでしょうか。
あともうひとつ付け加えると、経済や政治の動きには興味を持ってほしいですね。イマジネーションを膨らませて苦しい立場にある人のことを考えて、SNSでもいいので問題を政府に訴えたりすることは非常に大事なことだと私は思っています。
政治・経済に興味を持ち、社会の変化を見極める
ー新型コロナウイルスの収束後の不況が予測されている中で、就職活動も厳しい状況になると予想されています。就活を控えた学生が今のうちから意識したほうがいいことはありますか。
井上:私が大学でマクロ経済学を教えていても、学生には自分たちと関係の無い話だと思われてしまいがちです。でも実は景気が悪くなった時に一番打撃を受けるのって実は大学生なんです。特に就職活動をしている大学生が一番景気の影響を受けやすい。日本の会社は不況になっても社員をなかなかクビにしないけれど、その分新卒は減らすんです。だから就活中の学生をはじめ、大学生の皆さんにはもうちょっと政治とか経済に興味を持ってほしいと思います。
あとは、これからどのような業種が伸びるのかを見極めたほうがいいです。元々IT産業がどんどん成長していて、ちょっと大げさですけど私はほとんどすべての産業がIT産業化すると考えています。そして、コロナ危機によって人と人が接触することが避けられるようになり、さらに機械化が加速するものと考えられます。労働者を雇用するリスクを取るよりも、機械に仕事を任せたほうがいいからです。今それを担うITの一つであるAIなどについて学ぶことは、どんな職業に就くにせよ今後の人生にプラスになるのではないでしょうか。
取材・文/中村健太郎
撮影/立岩知明