ボーダーの外側へ テレビ東京ディレクター上出遼平インタビュー(前編)
テレビ東京ディレクターの上出遼平さんが世に放った「ハイパーハードボイルドグルメリポート(以下、ハイパー)」は、僕たちの日常とはかけ離れた遠い世界を映し出した。ヤバい国のヤバい人たちの生活や食事に密着する中で自身の価値観や倫理観が絶対的ではないことを思い知らされる。テレビが好きではなかったと語る彼は番組を通して視聴者に何を問いかけているのだろうか。
前編では、ハイパーハードボイルドグルメリポートを制作した上出遼平さんのルーツを辿ります。
劣等感から生まれた規範への問い
—上出さんはどのような学生時代を送られてきたのでしょうか。
上出遼平(以下、上出):中学から高校にかけて、学校の勉強はちゃんとやっていたんですが、いわゆる金髪ツーブロックで少しだけグレていたんですよ。バイクで走り回ったりパンクロックのバンドを組んだりしていました。そうなった理由ははっきりわからなかったけど、自然と自分のエネルギーが向かっていたというか。
―大学では法学部に進学されていますね。
上出:大学では少年犯罪や少年非行の事例の研究をずっとしていて、少年院に足を運ぶ中で「悪い奴ってなんなんだっけ?」ということをずっと自分に問うていました。そもそも中途半端にグレていた理由も温室育ちな自分に対する劣等感が大きかったんですよね。生きていく力が養われなかった劣等感というか。人に迷惑をかけた時期の自分を肯定するわけではないですが、なんで悪いことをしていたんだろうということを考えていました。果たして僕は“悪人”なんだろうかという疑問が僕の中であったんです。自分には真っ当な部分もあるはずだとか、親にこんなに愛情を持って育てられて悪人になるはずもないとか、色々考えながら犯罪とか非行の研究をしていて。それで、法律を研究していく中で人間は一見黒く見えても真っ黒じゃないと思うようになったんです。善悪は絶対ではないし、今ある誰かが決めた規範すら絶対じゃないということを学びました。法律はなかなか変わらないけど、法律の条文の解釈が変わることはよくあるんです。例えば尊属殺という罪があるんですが、ご存知ですか。
―いわゆる、親殺しのことですよね。
上出:そうです。かつて尊属殺(親殺し)は通常の殺人罪より重い罪を課される犯罪でした。しかし栃木県の矢板市で起こった、女性が実の父を殺した事件をきっかけにその基準が逆転したんですよ。その加害女性はずっと父親から性的虐待を受け続けていて、実父との間に子供を3人生んでいました。裁判で内情の凄惨さが明らかになる中で、尊属殺っていう考え方はおかしいんじゃないかってみんなが思うようになったんです。「親殺し」は一般的な殺人より凶悪なわけじゃなくて、“親を殺さなければならないほどの事情”があったのではと判断されるようになった。こうやって既存の法律が一つのきっかけで大きく変わることを学びました。
—常に規範は変わり続けていくのですね。逆に今の世の中はルールの線引きのあり方を考えることが反社会的だと受け取られるように思います。
上出:なんでこんなものに縛られているんだろうって思いますよね。そもそもそのルールを決めたのはどのような人だったのかまでを想像していないから、ルールに対して問いを投げようとすることに反発する人たちがいるんだと思います。規範に対して疑問を持つことさえタブーになっているのはかなりヤバイことですよね。きっとそういう人はルールという与えられた檻の中で安住することが楽なんだろうなと。逆に既存の規範を疑うのは体力のいることなんですよ。
—大学での勉強以外に何かやられていたことはありましたか。
上出:地元のジムでボクシングをしていましたね。1年でプロのライセンスを取得しました。
—なぜボクシングを始められたのですか。
上出:グレた理由と一緒で自分の中にある劣等感でしたね。中高生の頃、学校の体育で長距離走があったんですが、途中でゲロを吐いてリタイアしてしまうくらい体力がなかったんです。そういう弱い自分に対する劣等感を克服する意味合いが強かったです。他にも劣等感が元で始めたことは多かったように思いますね。
—他にはどんなことをされていたんですか?
上出:中国の山奥にある元ハンセン病患者の方が隔離されている村に出向いてボランティアをしていました。実際に身の回りのお世話をしたり、トイレを直したりといったことをしていました。現地に一ヶ月くらい寝泊まりしながらの活動だったので、かなりハードでしたね。ただボランティアと聞くと崇高なイメージがあると思うのですが、僕の動機はあまりそうでなくて。活動場所が中国の山奥なので寝るところに虫はいるし、当然電気も通っていないような環境なんですよ。当時から僕は潔癖症だったので、そういった環境で生活したら将来どこでも暮らせるようになれるんじゃないかと考え、ボランティアに参加しました。動機は不純だったけれど、そこで目にした世界はその後の僕の人生に大きな影響を与えました。
テレビ業界へ
—なぜ上出さんはテレビ局に入社されたのですか?
上出:たまたまです。そんなにテレビっ子というわけでもなかったですし、むしろテレビが苦手なくらいで。「どうしてもこれがやりたい」と思って選んできたことなんてほとんど無かったし、就活のこともギリギリまで何も考えていなかったんです。そんな時に友達が「今日が日テレのエントリーシート締め切りだよ」って言いだして、あわてて出しました。それが就活の始まりでしたね。でもオフィスに篭って何かをするっていうのは絶対にできないので、色々な場所に行きたい、というのはベースにありました。色んなところに行って人と話してものづくりができるなんて最高じゃないかって。
―入社後はどのようなお仕事をされていたんですか。
上出:最初は「ありえへん世界」というバラエティ番組でADをしていました。ネタをパソコンでリサーチして、資料を作って会議に出して「クソつまんねえ」って言われながらなんとかやっていました。それでなんとか通ったネタをロケハンをして、ディレクターのスケジュールを確認して、カメラの準備をして、ロケをしてみたいな、テレビづくりの0から100まで一年で叩き込まれましたね。人数が圧倒的に少ないテレ東は一気に制作の過程を全部やらされるので、経験を積むという意味ではいいですよ。最近は働き方改革でちょっと変わったと思いますが。
―「世界ナゼそこに?日本人」(注1)もADとして入られていますね。
上出:入社2年目からやっていました。番組が始まる時にADで入り、それからずっと海外ロケに行ってました。番組の中でも僕は辺鄙担当でしたね。僕がロケで行く国は赤道ギニア共和国とかガンビアだとか、調べても情報が出てこないような国ばかりで。自分じゃいけないところに行きたいとは思っていたので、それはすごくありがたかった。海外ロケのノウハウもここで嫌という程覚えました。
(注1)テレビ東京系列のバラエティ番組「世界ナゼそこに?日本人〜知られざる波瀾万丈伝〜」は世界各地に移住して生活している日本人に密着したドキュメンタリーバラエティ。現地で暮らす日本人の人生模様にフォーカスが当てられる。
—ハイパーと同様に「世界ナゼそこに?日本人」も辺鄙な地域に取材していますが、見ていて怖いという感覚はなく安心して見られます。対照的にハイパーは見ているだけでもハラハラさせられる番組だと思いました。
上出:そもそも番組のターゲットから違うんです。「世界ナゼそこに?日本人」は50歳から60歳の層をメインに想定して作られたもので、一つではないけれど番組として物語の理想の形が少なからず存在している。水戸黄門と一緒で、「待ってました!」という需要に応えているし視聴率も悪くない。日本で地方ロケに行くと「『世界ナゼそこに?日本人』見てます」とか「『世界!ニッポン行きたい応援団』見てます」とか言ってもらえることも多いです。
—正直なことをいうと、僕自身「世界ナゼそこに?日本人」に関しては遠い辺境の地で日本人が頑張っている、そして日本人はすごいという結びのイメージを強く感じるのであまり好きとは言えないんです。
上出:そんなはっきりと言われると逆に清々しいです(笑)。一個のコンテンツとしては全然いいと思うし、それで勇気づけられるところもあると思います。日本礼賛番組ってすごい人気高いんですよ。そういうのが人気ということは日本人が日本人であることの自信を失っているっていうことなのかなと。そんな視聴者の需要に応えることを一概に否定すべきではないとも思います。
—ハイパーと「世界ナゼそこに?日本人」は番組の性質からして違いますね。
上出:実際、ハイパーは「世界ナゼ?なぜそこに日本人」をはじめとする既存の番組へのアンチテーゼなんです。例えば、ハイパーでは現地の人の言葉を日本語で吹き替えていません。多くの番組では現地の人の言葉を日本語の声優(ナレーター)さんを使って吹き替えますよね。でも言葉を吹き替えられるっていうことは、現場のリアルな発言を安易に僕たちの思考の枠に収めてしまうことにもなりえます。世の中のわかりづらいことが面白いはずなのに、そういうものが消されていってしまう。ハイパーでは、視聴者が求めているであろう想定内のものを作るのではなくて、現地で起きている想定外のことをそのまま画面に出そうとしているんです。それは今の僕たちが持つ「当たり前」に疑問を投げることにもなっています。
―スタジオのセットもほぼないですよね。
上出:僕の番組はとにかく削ぎ落としているじゃないですか。色彩まで削ぎ落としてて、ほとんど白黒でたまに赤があるくらいだし。スタジオセットも雛壇のタレントもナレーションも音楽もない。でも、それは素材を撮ってくることに9割9分の力をかけているんだっていうことの戦略的なポージングなんですよ。今のテレビってとにかく足し算じゃないですか。たくさんのテロップと演者に色々な効果音とか、何かが足せるならとりあえず足すんですよ。でもそれをやると他の番組と区別がつかなくなる。本当は番組のイメージを打ち出すためには、なんでも足すのではなく選択した方が良いんですよ。実際、金は全くないんですが。
~お知らせ~
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の完全新作が4月1日(水)深夜0時12分より放送します。今回はフィリピンの「炭焼き村」に取材。幼い二人の弟を食わせるためにゴミを集め炭を作る少年、ファストフード店の残飯を集める少年少女の一団に密着。
そして、King gnu井口理さん、田原総一郎さんも絶賛の書籍版『ハイパーハードボイルドグルメリポート』が発売中です。番組内に収まりきらない世界の現実を「人が食う」姿を通じて描かれています。
さらに、ハイパー放送と同じ時間帯(4月1日(水)深夜0時)に上出遼平さんインタビュー記事(後編)を更新します。ハイパーハードボイルドグルメリポートの舞台裏と世界各地で出向かれた上出さんだからこそ語れる「旅行」の意味を訊きました。放送を見ながら記事も一緒にチェックをお願いいたします!
取材/伊藤勇人 文/伊藤拓海・中村健太郎 撮影/南寿希也